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97本の短編が収録された「N・P」。著者・高瀬皿男はアメリカに暮らし、48歳で自殺を遂げている。彼には二人の遺児がいた。咲、乙彦の二卵性双生児の姉弟。風美は、高校生のときに恋人の庄司と、狂気の光を目にたたえる姉弟とパーティで出会っていた。そののち、「N・P」未収録の98話目を訳していた庄司もまた自ら命を絶った。その翻訳に関わった3人目の死者だった。 5年後、風美は乙彦と再会し、狂信的な「N・P」マニアの存在を知り、いずれ風美の前に姿をあらわすだろうと告げられる。それは、苛烈な炎が風美をつつんだ瞬間でもあった。 激しい愛が生んだ奇跡を描く、吉本ばななの傑作長編。 (以上、角川文庫より) 1990年に、吉本ばななさんの出した小説です。 私が最初にこの本を読んだのは、おぼろげながら、中学生だったと思います。 当時は、吉本ばななさんの小説を自分の中に詰め込む・・・ということに夢中で、小説自体をじっくり味わうという感覚で読んではいなかったんですね。 おとなになって、最近、読み返しまして。 ・・・・・・・・・こんなに怖い話だったっけ? いや、吉本ばななさん、好きですけど、あえてこの「N・P」を好きなうちに取り上げたことがなかったんですね。「キッチン」とか「TSUGUMI」とか「哀しい予感」とかの方が印象深かったので。 でも、最近、暇だったので、 「吉本ばななの本を、デビュー作からじゅんぐりに読み直そう」月間に指定して、結構ぜいたくに時間を使っていたんですよ。 そしたら、まあ。 この「N・P」。これ・・・・・・・すごすぎました。怖すぎました。よく読めたなぁ。 14歳のあたし。 これ、重たすぎる。テーマも。ストーリーも。 でも知らなかったから読めたんでしょう。 「恋人の死」や「友情の喪失」や「近親相姦」や「宗教」や「妊娠」や「中絶」や「自殺」の意味をしらなかったから、あっさり、流せてしまったんだと思います。 あとがきでご本人が 「哀しい予感」で悔いを残した部分に精いっぱい取りくめてすがすがしい とおっしゃってますが、 こっちは全然すがすがしくないっす!!! あたしだったら絶対、乙彦なんて好きになんないもんね! と叫びたくなりました。 このオモオモしさ。でも自分の中の何か置き忘れたようなものを、言い当てられた気がするんです。 なんなんだろーなー、と思っていたら、解説の村上龍さんが、いいこと言ってくれていました。 デビュー以来、吉本ばななの作品は異常に売れた。圧倒的に若い女の子達に(若くない女の人にも)読まれ、話題に付いていかねばと考える男の子にも読まれた。 若い女の子達は、今の日本の中で、適応しようとしている唯一の層である。前適応というのは、来るべき新しい状況に、その前の段階で何とか適応するために、無意識の内に努力することだ。 (中略) 先駆、というものはたかだかそういうものなのである。 前適応しようと無意識に努力している種は、大いなる飢えを感じている。他の、どの種よりも、飢えている。 この作品は1990年に書かれました。 まだ20世紀。 来るべき、次の時代に、言葉じゃなく、態度じゃなく、感覚で、「前適応」しようとした「飢えた」女の子達に多く読まれた作品だったというわけです。 そして、私もいま、飢えているんだな・・・と。 30歳直前の女は、いろいろ考えることがあるのよ〜〜〜。というところです。 前適応ね。ふむふむ。 そおかも。 結局、感じていることしかできないから、エラソーなことは言えませんが。 つまり、そこを言い当てられたような気がしたのだと、そう思ったわけです。 どうして小説なんて書く必要があるんだろう・・・という疑問には 「結局、それぞれの人間がそれぞれの局面で言葉にしきれず、表現し難かった何かを物語りにして見知らぬ他人とわかちあいたいのだ。」という答えも得ました。 ばななさんも前適応したくて、飢えていたのだと、そんな風に思いたい、誕生日まえのKAZARIYAなのでした。 N・P
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