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恋愛小説と呼ばれる小説が、この世の中にはゴマンとあります。 ご多分にもれず、わたしもこの「恋愛小説」というのが大好きです。 山田詠美さんも言っていました。 「ボーイミーツガールは素晴らしい。数々の文豪たちもこのボーイミーツガールをテーマにたくさんの作品を書いてきたんです」 恋愛は、小説とは切っても切れない永遠のテーマなのかもしれません。 川上弘美さんの「センセイの鞄」も、これまた極上の恋愛小説です。 よくも、まあ、こんなに切ない恋愛小説を書いてくれた!とむしろ恨み言を言いたくなるくらい切ない小説です。 恋愛ってある時、とても残酷だなと思います。 以下は文庫の後ろに書かれていた紹介文です。 駅前の居酒屋で高校の恩師と十数年ぶりに再開したツキコさんは、以来、憎まれ口をたたき合いながらセンセイと肴をつつき、酒をたしなみ、キノコ狩りや花見、あるいは島へと出かけた。歳の差を超え、せつない心をたがいにかかえつつ流れてゆく、センセイと私の、ゆっくりとした日々。谷崎潤一郎賞を受賞した名作。 私は、川上さんの書く恋愛の、「妙に冷静なところ」が好きです。 恋愛って、一種の情熱ですから、ものすごくハードでテンションが高くなってもみくちゃになってしまうものだと思うのですが、ただ単に、それに巻き込まれるだけ・・・ということも無いとも思うのです。 しかも、この物語のツキコさんは、変に大人で、変に子供で、変に真面目なものだから、恋愛に関しても、変に責任を負うところがあるように見えます。 たとえば。。。 歳の差のあるセンセイに恋をし始めた頃、「もう、あんまり好きになっちゃいけないな」と、自分の心を抑えようとするシーンがあります。 以下は本文から 「育てるから育つんだよ」と、そういえば、亡くなった大叔母が生前にしばしば言っていた。(中略) 大事な恋愛ならば、植木と同様、追肥やら雪吊りやらをして、手をつくすことが肝心。そうでない恋愛ならば、適当に手を抜いて立ち枯れさせることが安心。(中略) その伝でゆくならば、長く会わないでいれば、センセイへの感情も立ち枯れさせることができれるかもしれないというものだ。 それで、ここのところずっとセンセイを避けている。 「育てるから育つんだよ」・・・・。 結局、ツキコさんはこの恋愛を育ててしまうのですが。 恋に落ちてしまう「どうしよもなさ」と自分が好きで育てたんだという「冷静さ」というか「覚悟」みたいなものがマゼコゼで、真面目だなぁと思うし、でもそういうところが好きだなぁと思います。 そして切ない。 また一方で、恋をする気持ちというのは、中学生でも30歳でも50歳でもまったく同じなんだよなぁと思いました。 センセイの風邪を見舞った帰り道、センセイの着ていた部屋着が「I NY」と書かれたTシャツだったことを思い出し、夜道を歩きながらツキコさんはひとり、今は眠りについたはずのセンセイに語りかけます。センセイおやすみなさい。I NYのTシャツ、けっこう似合ってましたよ。風邪がすっかりなおったら、飲みましょう。女はね、けっこうやるんですよ、こういうの(笑) 乙女ちっくといいますか、ひとりで夜道を歩いていると、ふと、遠くにいる好きな人に語りかけちゃうんですよね〜〜。 こういう恋愛のひとつひとつの要素がでてくるのも、恋愛小説の醍醐味じゃないでしょうか。 作者の恋愛感・・・と言いますか、「恋をするとこうなっちゃう」みたいな、本来、他人には秘密にしておきたい、ちょっと恥ずかしい秘密を、おすそ分けしてもらっているような気分になります。で、「わかるわかる」と共感したりして。 そんな恋愛のひとつひとつの要素を語りつつ、物語は終盤をむかえます。 正直、「ああ、こういうラストなのか・・・」とひとり、ひっそり切なくなりました。 センセイの鞄の中のぽっかりとした空間に、何を見るか。 そうして、ほんとに、よくも、まあ、こんなに切ない恋愛小説を書いてくれたと、再び恨み言を言ってしまうのでした。 センセイの鞄 センセイの鞄
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